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研究系および研究施設の現状 分子研リポート2001 | 分子科学研究所

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(1)

3.研究系及び研究施設の現状

3-1 論文発表状況

3-1-1 論文の発表状況

分子研では毎年 A nnual R eview(英文)を発刊し、これに発表した全ての学術論文のリストを記載している。

論文の発表状況

間 期 象 対 集

編 ANNUALREVIEW 原著論文の数 総説等の数

∼1978.8.   1978 25   13   .

9 . 8 7 9

1 ∼1979.8.   1979 55   7   .

9 . 9 7 9

1 ∼1980.8.   1980 85   21   .

9 . 0 8 9

1 ∼1981.8.   1981 114   24   .

9 . 1 8 9

1 ∼1982.8.   1982 149   14   .

9 . 2 8 9

1 ∼1983.8.   1983 177   29   .

9 . 3 8 9

1 ∼1984.8.   1984 153   26   .

9 . 4 8 9

1 ∼1985.8.   1985 196   31   .

9 . 5 8 9

1 ∼1986.8.   1986 207   45   .

9 . 6 8 9

1 ∼1987.8.   1987 287   42   .

9 . 7 8 9

1 ∼1988.8.   1988 247   39   .

9 . 8 8 9

1 ∼1989.8.   1989 281   60   .

9 . 9 8 9

1 ∼1990.8.   1990 320   60   .

9 . 0 9 9

1 ∼1991.8.   1991 260   23   .

9 . 1 9 9

1 ∼1992.8.   1992 303   41   .

9 . 2 9 9

1 ∼1993.8.   1993 298   41   .

9 . 3 9 9

1 ∼1994.8.   1994 211   26   .

9 . 4 9 9

1 ∼1995.8.   1995 293   23   .

9 . 5 9 9

1 ∼1996.8.   1996 332   40   .

9 . 6 9 9

1 ∼1997.8.   1997 403   41   .

9 . 7 9 9

1 ∼1998.8.   1998 402   44   .

9 . 8 9 9

1 ∼1999.8.   1999 401   47   .

9 . 9 9 9

1 ∼2000.8.   2000 337   30   .

9 . 0 0 0

2 ∼2001.8.   2001 405   65  

(2)

3-1-2 論文の引用状況

前節で示したように,分子研からは毎年多くの論文が発表されている。特に研究者の数を考慮に入れると,一人当たりの平均 論文数はかなり多いと言えるであろう。それでは,これらの論文がどれぐらい引用されているのか(すなわち,どれぐらい他の研究 者に影響を与えたか)という問題を考察するのが本節の目的である。

論文の引用数については,米国 IS I 社(T he Insti tute for S ci enti fi c Informati on)

1)

の引用統計データベースの中の Nati onal C itation R eport (for J apan)(NC R )という,所謂「日本の論文」(著者の少なくとも1人が日本の研究機関に所属するもの)のデータ ベースに基づく調査が標準になりつつある。実は,1992年に米国の有力雑誌Scienceが「日本の科学」と称する特別企画を設けて, このIS I社の1981年から1991年の間のデータベースに基づいた,日本の研究機関の研究活動の順位付けを行っており,

2)

それが このような考察の最初の一つであろう。

最近の国内における同様の考察としては,例えば,文献3,4,5などがあるが,同じデータベースに基づく考察でも,何を強調す るかで様々な異なる結果が得られる(統計の魔術とでも言えようか)。例えば,文献5では,ハイインパクト論文として,引用頻度の 高い順に200論文までをリストアップし,その200のうち,該当研究機関の論文が何報含まれているかで,研究機関の順位付けを しているが,引用頻度が高いトップ200だけを考慮すると,非常に数が限られてしまい,多くの場合,ほんの数人の研究者の有名 な論文だけが寄与することになる(有名な論文が出れば,その続報も引用件数からいうと,ヒット作になる可能性が高いからであ る)。よって,文献5の考察は,研究機関の評価というよりは,研究者個人個人の評価になっていると言える。例えば,文献5によると, 物理学において,徳島の日亜化学工業が全国5位にランクされているが,これは,青色発光ダイオードの中村修二氏(現カリフォ ルニア大学教授)の個人的評価と言うべきであろう。

また,マスコミでは,以前から考察の対象とする学術雑誌をNatureやScienceなどの英国や米国の知名度の高い雑誌だけに限 ることが多い。確かにこれらの雑誌は所謂インパクトファクター(その雑誌に掲載された論文の平均被引用回数)が非常に高く(例 えば,NatureとScienceの1999年のインパクトファクターはそれぞれ 29.5と24.6であるが,Bulletin of Chemical Society of Japan と Journal of Physical Society of Japanのそれは,それぞれ 1.5と2.1である),質の高い論文が掲載されている可能性が高いと言 える。しかし,学会誌ではなく商業誌であるため,一般読者の購読欲をそそるような,センセーショナルで意外性を重視する内容 を要求しており,Natureに掲載後,追試ができずに消えて行った研究も多い。すなわち,玉石混淆なのである。更には,論文掲載 の可否を決定する編集者が専門の査読者に論文を回さずに掲載を拒否することも多く,数少ない編集者の「趣味」に合わない論 文はまず掲載不可能である(実際,重要な研究であるにも関わらず,編集者の好みの研究分野でない場合,Natureに論文が掲載 されないことも多い)。それにもかかわらず,高いインパクトファクターから分かるように,国際的に読者の数が多く,これらの雑誌に 論文が掲載されれば,その研究が広く知られる可能性が高くなるので,「自信作」をこれらの雑誌に投稿する研究者も多い。ところ が,知名度の低い(インパクトファクターの低い)雑誌に掲載された論文の中でも質が非常に高いものが多数存在するのは周知 のとおりである(重要な論文はどの雑誌に掲載されようが,いずれ多くの引用数を得ることになる。特に,最近では,科研費で海外 出張もできるようになって,日本の研究者が海外で自分の研究を発表できる機会が大幅に増えたので,以前のように日本の英文 誌に投稿しても海外の研究者に完全に無視されるという心配が少なくなったといえる)。よって,例えば,NatureとBulletin of Chemical Society of Japanにそれぞれ引用数200の論文が掲載されたとすると,Bulletinの論文の方が(国際的な知名度を得る のに不利なことを考慮すると)むしろ質が高いと判断する研究者が多いであろう。議論が長くなったが,以上の理由により,掲載雑 誌の数を極端に制限した考察は,多くの重要な論文を考慮からはずしてしまうことになり,不十分と言わざるを得ない。更には,

NatureやScienceのような欧米の有力雑誌数誌だけで研究の質を評価することは,我が国の科学行政上も好ましいものではない。

このような評価を重視し出すと,日本の研究者が日本の雑誌に投稿することが益々少なくなってしまうからである。ある国の自然 科学のレベルを議論する一つの指標として,有力な学術雑誌がその国から刊行されているかどうかが考えられるが,このような

(3)

ことを続けていたら,いつまでたっても欧米に追いつけなくなってしまう。現在の我が国の自然科学の学術研究のレベルは,国際 的に十分高い評価を受けているが,それは,欧米の雑誌に掲載された日本人の論文を基準に判断されていることである。このよ うな事情から日本の雑誌に論文を投稿するより,欧米の雑誌に投稿する研究者が多く,日本の英文誌の学術雑誌としての評価が なかなか上がらないままでいる。よって,我が国の研究者は悪循環的に「不利な国際競争」を強いられていると言えるであろう(投 稿された論文の査読者と掲載の可否の両方を決定する権限を持つ編集者は必然的に多くの場合その国の研究者がなるので, どうしても,有力誌を刊行する国の研究者が有利になってしまうからである)。Natureなどに掲載可となるような「自信作」は,ぜひ

我が国の英文雑誌に投稿することが奨励されるべきではないか。

一方,文献3,4の考察は上のように雑誌間の「格差」は一切考慮に入れずに,欧米の雑誌も日本の英文誌も同等に扱うとともに, できるだけ多くの論文を対象としていて,統計的にも信頼性・客観性が高いものになっている。以下に,文献3の内容について詳 しく解説したい。

文献3では,1981年1月から1997年6月までの16年半の間に,IS I 社が厳選した雑誌(原則的に英文誌で,数は約 6,400,そのう ち自然科学分野では約 3,600)に発表された,853,323件の「日本の論文」のうち,文献種別が article, note, proceedings である, 737,039件の論文を調査対象としている(lettersが考慮からはずれているのは,その重要性を考えると問題である。lettersにだけ 投稿して,本論文を出さない場合も多いからである。また,proceedingsはProceedings of National Academy of Sciences USAとい う雑誌を除いて,多くの場合オリジナル論文ではなく,国際会議の会議録が掲載されるので,articleやlettersに比べて重要性が落 ちるとともに,ほとんど引用されないことが多い。むしろ,考慮からはずすべきかもしれない。これらは,文献3のような調査の今後の 検討課題と言えよう)。そして,文献3では,これらの論文の所属機関を大学・企業・その他の3つのセクターに分類した。ここで,「大 学セクター」は4年制大学,大学院大学,大学共同利用機関,短期大学,高等専門学校,高等学校などの教育機関を含む(特に, 532大学と17の大学共同利用機関が含まれている)。また,「その他セクター」は,基本的に旧文部省以外の官公セクターであり, 国公立試験研究機関,特殊法人・財団法人の研究所や大学付属病院以外の病院,その他の公的団体等が含まれる。文献3では, 特に大学セクターの論文589,472件の調査結果を中心に紹介している。ところで,対象としている期間が1997年まででは,少し古 いのではないかと思う人があるかも知れない。しかし,論文が発表されてから引用され出すまで,普通数年の時差があるので,こ の期間はむしろ適切であると言える。

研究機関の研究活動の評価は何を元にするかは,議論の余地があるが,文献3では,研究機関毎の「論文数」と「引用度」(論 文1報当たりの平均被引用回数)を採用した。しかし,論文数は研究者の数が多ければ多くなるのは当然であり,また,意味のない 論文を数多く書いても評価されないことを考えるとあまり良い指標とは言えない。一方,後者の引用度は,論文が他の研究者にど れぐらい影響を与えたかを示すものであり,「論文の質を示す(完璧とは言えないまでも,現在考えられる)最も客観的で厳密な指 標」と言うことができるであろう(完璧とは言えないというのは,例えばこの数字には同業者の数が考慮に入れられていないという 問題がある。同業者が多ければ引用度が高くなるのは当然である)。勿論,論文数が多いということも研究が活発に行われている ことの一つの指標にはなり得る。すなわち,全論文数はその研究機関の研究者の数に依存するので,あまり意味がないが,研究者 1人当たりの平均論文数(全論文数をその機関の(例えば,助手以上の)研究者の数で割ったもの)は重要な指標のひとつになる。 しかし,文献3では全論文数と引用度だけが扱われていて,この量は考慮されていない。よって,ここでは,論文の引用度に基づ

いた,大学等の研究活動の評価に話を絞る。

文献3では,理工系,生物・医学系,人文・社会系の3系26分野について,引用度の詳しい解析を行っているが,分子研に関係 する化学と物理学の分野における15位までの結果を表1と表2にまとめた。ここでは,それぞれの分野において,論文数上位30機 関の論文引用度をランク付けしている(文献3の表4がそうしているからである)。化学では分子研が圧倒的に全国第1位,物理学 でも僅差で第1位であることが判明した。

(4)

なお,岡崎国立共同研究機構には分子科学研究所の他に,基礎生物学研究所と生理学研究所という2つの研究所が存在す るが,これらの2研究所が関係する生物学・生化学,神経科学,植物学・動物学の3分野においても,岡崎国立共同研究機構が, 全国第1位にランクされている(文献3の表4参照)ことを付言する。

表1をもう一度良く見てみよう。化学の分野では,分子研が2位に4.5ポイントの差をつけているの対し,2位から15位までの間に 3.0ポイントの差しかないことに注目されたい。この数字は重く受け止める必要がある。そして,なぜ,分子研がこれ程までに研究 活動が活発なのかという問いに真剣に答えなければならない。これについては,文献6が参考になるので,それをここで引用する。

「全ての教官,教授・助教授・助手の採用は公募で行っています。また助手から助教授,助教授から教授への内部昇進は実質的 に禁止されています。(中略)おそらくここほど人事の流動性の高いところはないでしょう。日本一だと思います。(中略)ここのスタッ フはプロモーションのためには外に出なくてはならない。外へ出るのは,日本の場合どうしても閉鎖的ですから,なかなかそう簡単 ではありません。その競争に打ち勝って出ていかなくてはなりません。(中略)このような実績がよく知られているので,また全国か ら優秀な人が多数応募してくる。その中から一番よい者を選ぶということで循環がとてもうまくいっているのです。」

6)

すなわち,分 子研の非常に活発な研究活動を保証するものは,実は,その厳しい人事政策にあったのである(分子研の人事政策の詳細につ いては,例えば,文献7を参照されたい)。

勿論,分子研は研究所なので,研究環境が良い,また,大学と違って学生の教育に多くの時間をとられることなく,研究に没頭で きるというメリットがあり,単純には大学と比較できないところがある。しかし,大きな大学には優秀な大学院生が多くいるのに対し,

分子研では学生数そのものが少なく不利な点もあり,また,大学共同利用機関は他にもたくさんあるのに,なぜ分子研なのかとい う問いがどうしても残るのである。そこで,文献6と7も参考にしながら,分子研が1975年の創設以来ずっとやってきたことを以下に まとめた。

表1日本の大学等の分野別論文引用度 表2日本の大学等の分野別論文引用度 分野:化学(1981―1997) 分野:物理学(1981―1997) 位

順 大 学 等 論文引用度 順 位 大 学 等 論文引用度 1   岡崎国立共同研究機構 15.1  1   岡崎国立共同研究機構 11.1  2   京都大学 10.6  2   東京大学 10.5  3   東京大学 10.2  3   高エネルギー物理学研究所 9.8  4   名古屋大学 10.0  4   京都大学,筑波大学 8.7  5   大阪大学 9.4   6   東北大学 8.0   6   東京工業大学 9.3  7   東京工業大学,新潟大学 7.7  7   大阪市立大学 9.2  9   大阪大学,神戸大学,広島大学 7.6  8   九州大学,東京薬科大学 8.6  12   名古屋大学 7.2  0

1   東北大学,北海道大学 8.4  13   東京農工大学 6.9  2

1   東京都立大学 8.2  14   九州大学 6.8  3

1   広島大学 8.1  15   東京都立大学 6.7  4

1   早稲田大学 7.7  5

1   金沢大学,慶應義塾大学 7.6 

(5)

(a) 公募による公正な教官採用人事 (b) 教官の内部昇進の禁止

(c) 講座制を廃止して,教授と助教授を独立にする

(d) 学生は学部教育を受けた大学と同じ大学の大学院には進学させない

(a)の重要性については自明であろう。しかし,これがうまく機能するには,人事委員会のよほどしっかりした取り組みが必要にな る。すなわち,幅広い候補者の中から最善の人材を見抜く,人事委員会の眼力が問われることになるわけである。ちなみに,日本 の有力大学の教官の多くは,母校(大学または大学院の出身校)の教官になっている。確かに,元学生であった研究者について は,どういう人材であるかの豊富な知見があるわけで,採用する側にとっては,「当たりはずれ」が少ないという安心感がある。しか し,このような消極的な「守りの人事」は国際的には通用しない。ホームページを検索することによって,海外の超一流とされる大学 の例を見てみよう。例えば,スタンフォード大学では,化学科と物理学科において,母校の教員になっているのは,それぞれ25人中 1人と34人中7人である。彼らが優秀な人材発掘に如何に努力しているかが分かるであろう。我々は研究者であるとともに教育者 であるので,日本語で講義ができる必要があり,必然的に日本人が採用されることが多くなるが,日本には多くの大学があるわけ であり,教官の出身大学に極端な偏りがある所は,安易な人事をしているという批判を免れ得ない。さて,(b)と(d)については,せっ かく育てた人材を失うことになり,一見デメリットのように思われるが,長い目で見ると,それぞれ教官と学生の流動性を大幅に高 めることになるので,(移動する方もしない方も)研究機関全体の日常の交流関係に新鮮味と刺激を与え,活性化するという効果 が期待できる。何十年もほとんど同じメンバーで活動する組織というものは「老化現象」を避けられないのである。それでは,この ような問題を解決するため,(b)の替わりに,教授や助教授にまで任期を設けようという意見もある(確かに,分子研でも助手には6

年の任期を課している)。しかし,それはぜひとも避けなければならないと考える。研究というものは何年何月までにこれだけのこ とをやるというように予定通りに行くものではないからである。もし,予定通りに進む研究があるとしたら,それは,多くの場合,既に 確立した手法によるルーチンワーク的仕事であり,それからは偉大な結果は期待できない。独創的で質の高い研究というものは予 想外の発見によることが多いのであり,うまく行く可能性が低いと思われても,失敗のリスクを敢えておかしながら挑戦することに よって,初めて出てくるものである。ところが,任期を設けて,いついつまでに他の研究機関へ出ていけということになると,成功す るかどうか分からないような野心的な問題に取り組むような冒険は許されなくなるのである。更に,(b)については,分子研の立場と して文献7を引用させて頂く。「内部昇進の禁止については,国外の識者から時折,『厳し過ぎるのではないか』,『優れた若手をみ すみす手放すことはないではないか』といった意見を頂くことがある。しかし,我々は安易な妥協で『元の木阿弥』になることのな いように基本原則を堅持し頑張っている。若い優れた人材を採用し,育て,日本全国に送り出し,その人達が新しい分子科学を 作り上げ日本の研究体制をも斬新なものに変革して新しい21世紀の日本を構築して行ってくれることこそが我々が願うところで あり,実際かなりその実績を上げてきているのではないかと自負している。」

7)

次に, (c)の重要性については,ノーベル賞受賞者 の受賞対象となった研究が40歳までに(一般的に助教授の年代に)取り組んだ仕事が多いという事実から明らかであろう。また, (d)については,分子研は総合研究大学院大学の基盤研究機関として,博士課程のみの大学院教育を担っているので,自動的 に100パーセント実施していることになる(それで,分子研の政策として重視されてきたわけではないが,特に米国において,その 重要性が強調されている)。

これらの制度が他の研究機関でどのぐらい実施または推奨されているかを考えてみる。(b)については,ドイツの多くの大学が そうしている。また,(c)と(d)についてはアメリカの多くの大学がそうしている。国内においては,まず(b)と(d)にいたっては,皆無と言っ ていい程,ほとんどの研究機関で実施されていない。次に(c)については,物理学の分野では実質上採用しているところが少なく ないが,化学の分野では極めて稀少である。いずれにせよ,上の4項目全てを採用しているのは,世界広しと言えども,我々の知

(6)

る限り,分子研だけである。よって,この制度を「分子研方式」と呼ぶことにする。我が国の大学等の研究活動を活発にするには, 分子研方式を全国に広めることが重要だと考える次第である。特に,(b)と(d) については,全国の大学が一斉に実行することによ り,大きな相乗効果が得られるであろう。

最後に,現在分子研でも実施されていないが,研究活動を更に活発にするために,分子研方式にもう一つ追加するとしたら,

(e) 全ての教官に6年に一度,サバティカルイヤーを取る権利を与える

が考えられる。これは欧米の大学では当然のように古くから実施されてきたことであるが,我が国の研究機関で採用しているとこ ろは極めて少ない。サバティカルリーブの効用については,以下の22歳のモーツァルトが父親宛に書いた手紙を引用すれば十分 と考える。「旅をしない人間は(少なくとも芸術や学問にたずさわる者は)みじめな人間です! そして大司教が,2年に1度旅をす ることを許してくれないなら,僕はどうしても契約を受諾するわけに行かないと,確言します。」

8)

マンネリ化からの脱出,新しい同業 者との出会い,新しい情報源の開発等のために(すなわち,創造力を維持するために),天才モーツァルトでさえ,時々環境を変え る必要があったのである。況や非天才の研究者をや。

(分子基礎理論第一研究部門 岡本祐幸 記)

参考文献

1. http://www.isinet.com/

2. A. Anderson et al., “Science in Japan,” Science 258, 561 (1992).

3. 根岸正光、孫媛、山下泰弘、西澤正巳、柿沼澄男, 「我が国の大学の論文数と引用数―ISI引用統計データベースによ る統計調査」, 学術月報 Vol. 53, No. 3, 258 (2000).

4. 根岸正光、山崎茂明(編著), 「研究評価」, ( 丸善 , 2001). 5. 現代化学 No. 365, 8月号 , 36 (2001).

6. 伊藤光男 , 「世界の歴史に無い研究機構に発展」, 文部科学教育通信 Vol. 1, No. 3, 20 (2000). 7. 中村宏樹 , 「分子科学研究所における研究者の流動性」, 学術月報 Vol. 51, No. 9, 919 (1998). 8. 柴田治三郎(編訳), 「モーツァルトの手紙」(上)(岩波文庫 , 1980) p. 183.

(7)

3-2 理論研究系

分子基礎理論第一研究部門

永 瀬   茂(教授)

*)

A -1)専門領域:理論化学、計算化学

A -2)研究課題:

a) 高周期元素の特性を利用した分子の設計と反応 b)分子の立体的な形と大きさを利用した分子設計と反応 c) ナノスケールでの分子設計理論と計算システム

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 周期表には利用できる元素は80種類以上もあり,これらの組み合わせは多種多様な機能電子系の宝庫で無限の可能 性を秘めている。炭素に代表されるように,安定な多重結合を容易に形成できることは第2周期元素の特性である が,高周期の元素は多重結合(特に三重結合)を形成しないと考えられていた。(i) Na2[A r*GaGaA r*] (A r* = C6H3-2,6- (C6H2-2,4,6-i-Pr3)2)のX線構造解析によると,Ga-Ga結合距離は記録的に短い値を示すので,ガリウム原子の初めての 三重結合例として世界中で大きな話題となったが,系統的な理論研究により結合の本性を解明することに成功した。 (ii) かさ高い置換基を導入することにより,典型元素化学で最近の大きな関心であるケイ素−ケイ素三重結合をも つ安定な分子設計の理論予測をした。同様な予測をゲルマニウム−ゲルマニウム三重結合やスズ−スズ三重結合で もおこない合成実験への重要な指針を与えた。(iii)小員環に取りこめられたケイ素−ケイ素二重結合とゲルマニウ ム−ゲルマニウム二重結合の特異な構造と反応を実験と共同して明らかにした。(iv) ポリフィリン骨格に閉じ込め られた超原子価結合を明らかにした。

b)中空の球状構造をもつフラーレンは,炭素ナノ素材としてばかりでなく内部に原子や分子を取り込むホスト分子と しても有用である。特に,金属原子を内包したフラーレンは新しい機能分子として注目されている。( i) フラーレン の光誘導によりビスシリル化およびビスゲルミル化の高選択的反応を明らかにした。(ii) フラーレン化学において 長年の課題であったL a@ C82異性体およびPr@ C82異性体の構造を初めて解明して電子特性を明らかにした。同様な 研究を C a@ C82や L a2@ C80でも行なった。(iii) 4原子クラスター S c3-nL anN (n = 0–3)を内包する Sc3-nL anN@ C80の構 造と電子状態を系統的に明らかにして,内部回転の動的挙動と生成機構を解明した。( iv) これまでに確立されてき た孤立五員環則を破るMg@ C72の構造探索を行なった。(v) 金属内包フラーレンは,空フラーレンと同様に安定な誘 導体に化学変換できることを実験と共同して明らかにした。(vi) フラーレンに類似した多環状の球状構造をもつ新 しい分子の空孔への銅,銀,金イオンの取り込みを明らかにした。

c) 望む構造,物性,機能をもつナノ分子を自由にデザインして組み立てるために有用な分子理論と計算システムの開 発をめざしている。

(8)

B -1) 学術論文

Y. SASAKI, M. FUJITSUKA, O. ITO, Y. MAEDA, T. WAKAHARA, T. AKASAKA, K. KOBAYASHI, S. NAGASE, M. KAKO and Y. NAKADAIRA, “Photoinduced Electron-Transfer Reactions between C60 and Cyclic Disiliranes (c-R2Si-X- SiR2; X = SiR2, CH2, O, NPh, S),” Heterocycles 54, 777 (2001).

K. KOBAYASHI, N. TAKAGI and S. NAGASE, “Do Bulky Aryl Groups Make Stable Silicon–Silicon Triple Bonds Synthetically Accessible? ” Organometallics 20, 234 (2001).

K. KUBOZONO, Y. TAKABAYSHI, S. KASHINO, M. KONDO, T. WAKAHARA, T. AKASAKA, K. KOBAYASHI, S. NAGASE, S. EMURA and K. YAMAMOTO, “Structure of La2@C80 Studied by La K-edge XAFS,” Chem. Phys. Lett. 335, 163 (2001).

T. YOSHIDA, Y. KUWATANI, K. HARA, M. YOSHIDA, H. MATSUYAMA, M. IYODA and S. NAGASE, “Copper(I), Silver(I), and Gold(I) Complexes of All-Z-Tribenzo[12]annulene,” Tetrahedron Lett. 42, 53 (2001).

T. AKASAKA, T. WAKAHARA, S. NAGASE, K. KOBAYASHI, M. WALCHLI, K. YAMAMOTO, M. KONDO, S. SHIRAKURA, Y. MAEDA, T. KATO, M. KAKO, Y. NAKADAIRA, X. GAO, E. V. CAEMELBECKE and K. M. KADISH, “Structural Determination of the La@C82 Isomer,” J. Phys. Chem. B 105, 2971 (2001).

N. TAKAGI, M. W. SCHMIDT and S. NAGASE, “Ga–Ga Multiple Bond in Na2[Ar*GaGaAr*] (Ar* = C6H3-2,6-(C6H2- 2,4,6-i-Pr3)2),” Organometallics 20, 1646 (2001).

S. HINO, K. UMISHIMA, K. IWASAKI, M. AOKI, K. KOBAYASHI, S. NAGASE, T. J. S. DENNIS, T. NAKANE and H. SHINOHARA, “Ultraviolet Photoelectron Spectra of Metallofullerenes: Two Ca@C82 Isomers,” Chem. Phys. Lett. 337, 65 (2001).

H. INOUE, H. YAMAGUCHI, S. IWAMATSU, T. UOZAKI, T. SUZUKI, T. AKASAKA, S. NAGASE and S. MURATA,

“Photooxygenative Partial Ring Cleavage of Bis(fulleroid): Synthesis of a Novel Fullerene Derivative with a 1,2-membered Ring,” Tetrahedron Lett. 42, 895 (2001).

Y. MAEDA, T. WAKAHARA, T. AKASAKA, M. FUJITSUKA, O. ITO, K. KOBAYASHI and S. NAGASE, “Metal-Free Bis-Silylation and Bis-Germylation: C60-Sensitized Reaction of Unsaturated Compounds with Disilirane and Digermirane,” Recent Res. Devel. Organic Chem. 5, 151 (2001).

Z. SLANINA, X. ZHAO, X. GRABULEDA, M. OZAWA, F. UHLIK, P. IVANOV, K. KOBAYASHI and S. NAGASE,

“Mg@C72 MNDO/d Evaluation of the Isomeric Composition,” J. Mol. Graphics Mod. (a special issue for Prof. Osawa) 19, 252 (2001).

K. KOBAYASHI, Y. SANO and S. NAGASE, “Theoretical Study of Endohedral Metallofullerenes: Sc3-nLanN@C80 (n = 0– 3),” J. Comput. Chem. (a special issue for Prof. Schleyer) 22, 1353 (2001).

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M. ICHINOHE, Y. ARAI, A. SEKIGUCHI, N. TAKAGI and S. NAGASE, “A New Approach to the Synthesis of Unsymmetrical Disilenes and Germasilene: Unusual 29Si NMR Chemical Shifts and Regiospecific Methanol Addition,” Organometallics 20, 4141 (2001).

(9)

M. IYODA, K. NAKAO, T. KONDO, Y. KUWATANI, M. YOSHIDA, H. MATSUYAMA, K. FUKAMI and S. NAGASE,

“[6.6](1,8)Naphthalenophane Containing 2,2’-bithienyl-5,5’-ylene Bridges,” Tetrahedron Lett. 42, 6869 (2001).

N. TAKAGI and S. NAGASE, “A Silicon-Silicon Triple Bond Surrounded by Bulky Terphenyl Groups,” Chem. Lett. (Dedicated to Prof. Sakurai) 966 (2001).

A. HAN, T. WAKAHARA, Y. MAEDA, Y. NIINO, T. AKASAKA, K. YAMAMOTO, M. KAKO, Y. NAKADAIRA, K. KOBAYASHI and S. NAGASE, “Photochemical Cycloaddition of C78 with Disilirane,” Chem. Lett. (Dedicated to Prof. Sakurai) 974 (2001).

M. KIMURA and S. NAGASE, “The Quest of Stable Silanones. Substituent Effects,” Chem. Lett. (Dedicated to Prof. Sakurai) 1098 (2001).

N. TAKAGI and S. NAGASE, “Substituent Effects on Germanium-Germanium and Tin-Tin Triple Bonds,” Organometallics 20, 5498 (2001).

M. IYODA, M. HASEGAWA, Y. KUWATANI, H. NISHIKAWA, K. FUKAMI, S. NAGASE and G. YAMAMOTO,

“Effects of Molecular Association in the Radical-Cations of 1,8-Bis(ethylenedithiotetrathiafulvalenyl)naphthalene,” Chem. Lett. 1146 (2001).

K. GOTO, Y. HINO, Y. TAKAHASHI, T. KAWASHIMA, G. YAMAMOTO, N. TAKAGI and S. NAGASE, “Synthesis, Structure, and Reactions of the First Stable Aromatic S-Nitrosothiol Bearing a Novel Dendrimer-type Steric Protection Group,” Chem. Lett. (Dedicated to Prof. Sakurai) 1204 (2001).

B -2) 国際会議のプロシーディングス

K. KOBAYASHI, Y. SANO and S. NAGASE, “Theoretical Study on the Structure and Electronic Properties of Sc3–nLnnN@C80 (n = 0–3),” Recent Advances in the Chemistry and Physics of Fullerenes and Related Materials, K. Kadish, P. V. Kamat and D. Guldi, Eds., The Electrochemical Society, Inc., Pennington, 11, 313-322 (2001).

T. AKASAKA, T. WAKAHARA, M. KONDO, S. SHIRAKURA, Y. MAEDA, S. NAGASE, K. KOBAYASHI, M. WALCHLI, K. YAMAMOTO, T. KATO, M. KAKO, Y. NAKADAIRA, X. GAO, E. V. CAEMELBECKE and K. M. KADISH, “Chemistry of Endohedral Metallofullerene Ions: Structural Determination of the La@C82 Isomer,” Recent Advances in the Chemistry and Physics of Fullerenes and Related Materials, K. Kadish, P. V. Kamat and D. Guldi, Eds., The Electrochemical Society, Inc., Pennington, 11, 323-331 (2001).

Z. SLANINA, X. ZHAO, F. UHLIK, K. KOBAYASHI, S. NAGASE and L. ADAMOWICZ, “Mg@C72 Eendohedrals: MNDO/d Computations of the Isomeric Composition,” Recent Advances in the Chemistry and Physics of Fullerenes and Related Materials, K. Kadish, P. V. Kamat and D. Guldi, Eds., The Electrochemical Society, Inc., Pennington, 11, 332-340 (2001).

B -3) 総説、著書

若原孝次、赤阪 健、小林 郁、永瀬 茂 , 「金属内包フラーレン化学の最前線―常磁性から反磁性へ」, 化学 56, 60- 61 (2001).

(10)

B -4) 招待講演

K. KOBAYASHI and S. NAGASE, “Structures and Electronic Properties of ScnLa3-nN@C80. A Theoretical Study,” The 199th Electrochemical Society, Washington DC (U. S. A. ), March 2001.

S. NAGASE, “Triple Bonds between Heavier Group 14 Elements. A Theoretical Approach,” The 10th Japan-Korea Joint Symposium on Organometallic and Coordination Chemistry, Tsukuba (Japan), June 2001.

永瀬 茂 , 「分子の設計と反応の理論と計算―実験とのインタープレイ」, 第 33回構造有機化学若手の会夏の学校 , 京 都 , 2001 年 7月 .

B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員

W A T OC(世界理論化学学会)委員 . 化学技術戦略推進機構計算化学分科委員 . 学会の組織委員

第 4 回理論化学討論会幹事 .

第 12 回有機ケイ素化学国際会議組織委員 . 第 15 回リン化学国際会議組織委員 . 学会誌編集委員

Silicon Chemistry, Subject Editors.

科学研究費の研究代表者、班長等

特定領域研究実施グループ , 研究計画代表者 .

B -7) 他大学での講義、客員

東京大学大学院工学系研究科 , 「応用化学特論第3」, 2001 年 7月 . 千葉大学理学部化学科 , 「計算機有機化学」, 2001 年 9 月 .

C ) 研究活動の課題と展望

新素材開発において,分子の特性をいかにしてナノスケールの機能として発現させるかは最近の課題である。このために, 炭素を中心とする第2周期元素ばかりでなく大きな可能性をもつ高周期元素およびナノ構造の特性を最大限に活用するこ とが重要である。サイズの大きい分子はさまざまな形状をとれるので,形状の違いにより電子,光,磁気特性ばかりでなく,空 孔の内径を調節することによりゲスト分子との相互作用と取り込み様式も大きく変化させることができる。これらの骨格に異種 原子や高周期元素を加えると,変化のバリエーションを飛躍的に増大させることができる。ナノスケールでの分子設計理論 とコンピューターシミュレーション法を確立し,高い分子認識能をもつナノ分子カプセル,機能性超分子,疑似タンパク質,デ ンドリマーおよび伝導性共役高分子を開発する。現在の量子化学的手法は,小さな分子の設計や構造,電子状態,反応を

精度よく取り扱えるが,ナノスケールでの取り扱いには進展が望まれている。

*)2001年 4 月 1日着任

(11)

岡 本 祐 幸(助教授)

A -1)専門領域:生物化学物理、計算科学

A -2)研究課題 :

a) 蛋白質分子の第一原理からの立体構造予測問題および折り畳み問題 b)生体分子以外の系への拡張アンサンブル法の適用

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 蛋白質は自然界に存在する最も複雑な分子である。よって, その立体構造を予測することは(その生化学的機能と の関係上,極めて重要であるにもかかわらず)至難の業である。 特に,理論的に第一原理から(エネルギー関数を最 小化することにより)立体構造を予測することは不可能と広く信じられている。それは,溶媒の効果を取り入れるの が困難であるばかりでなく,系にエネルギー関数の極小状態が無数に存在するため,シミュレーションがそれらに 留まってしまって,世界最速のスーパーコンピューターをもってしても,最小エネルギー状態に到達するのが絶望 的であるからである。我々はシミュレーションがエネルギー極小状態に留まらない強力な計算手法を,蛋白質の立 体構造予測問題に適用することを提唱してきた。具体的には,徐冷法(simulated annealing)及び拡張アンサンブル法

(generalized-ensemble algorithm)を導入し,これらの手法が小ペプチド系において従来の方法よりはるかに有効であ ることを示してきた。拡張アンサンブル法では,非ボルツマン的な重み因子に基づいて,ポテンシャルエネルギー空 間上の酔歩を実現することによって,エネルギー極小状態に留まるのを避ける。この手法の最大の特徴は唯一回の シミュレーションの結果から,最小エネルギー状態ばかりでなく,物理量の任意の温度におけるアンサンブル平均 を求めることができることである。拡張アンサンブル法の代表的な例がマルチカノニカル法(multicanonical algorithm) と焼き戻し法(simulated tempering)であるが,これらの二手法ではその重み因子を決定することが自明ではない。こ の問 題を克 服するた め,我々は 新たに T sal l i s 統計に基づく拡張アンサンブル法を開発した り,レプリ カ交換法

(replica-exchange method)の分子動力学法版を導入したりしてきた。特に,レプリカ交換法はその適用が簡便である ため,幅広い問題に適用される可能性がある。更には,正確な溶媒の効果をエネルギー関数に取り入れていくことも 大切であるが,距離に依存した誘電率で表すもの(レベル1)や溶質の溶媒への露出表面積に比例する項(レベル2) を試すとともに,厳密な溶媒効果(レベル3)として,R ISMやSPT などの液体の統計力学に基づくものや水分子を陽 にシミュレーションに取り入れること等を検討してきた。

昨年度には,まず,レプリカ交換法を多次元(多変数)に拡張した新しい拡張アンサンブル法を開発した。特に,温度とともに, アンブレラポテンシャルのパラメターを交換することにより,自由エネルギー計算が効率良く正確に計算できることになった

(この手法をレプリカ交換アンブレラサンプリング法と名付けた)。更には,レプリカ交換法とマルチカノニカル法の利点を合 わせた2つの拡張アンサンブル法(レプリカ交換マルチカノニカル法及びマルチカノニカルレプリカ交換法)の開発に成功 した。また,レプリカ交換法と焼き戻し法の利点を合わせたレプリカ交換焼き戻し法の開発も行った。

本年度は,レベル3の厳密な溶媒効果を取り入れた(T IP3Pの水分子を陽に取り入れた)拡張アンサンブルシミュレーション をアミノ酸数十数個の小ペプチド系にこれらの新手法を適用することによって,新手法の有効性を確かめたところ,確かに, 従来の拡張アンサンブル法より,有効であることが示された。

b)生体分子の系以外にもエネルギー極小状態が多数存在する複雑系では,拡張アンサンブル法の適用が有効である。

(12)

本年度は,昨年度のL i6クラスターの計算に続いて,Gaussianによる電子状態計算を取り入れたレプリカ交換モンテ カルロシミュレーションを実行することによって,L i8クラスターのエネルギー最適化を行った。また,強い一次相 転移を示すスピン系である,二次元10状態Potts模型のシミュレーションも行った。一次相転移系ではレプリカ交換 法はうまく働かないことが知られているが,我々の新手法はこのような系でも有効なことが示せた。

B -1) 学術論文

Y. ISHIKAWA, Y. SUGITA, T. NISHIKAWA and Y. OKAMOTO, “Ab Initio Replica-Exchange Monte Carlo Method for Cluster Studies,” Chem. Phys. Lett. 333, 199 (2001).

T. OKABE, M. KAWATA, Y. OKAMOTO and M. MIKAMI, “Replica-Exchange Monte Carlo Method for the Isobaric- Isothermal Ensemble,” Chem. Phys. Lett. 335, 435 (2001).

B -2) 国際会議のプロシーディングス

M. KINOSHITA, Y. OKAMOTO and F. HIRATA, “Solvent Effects on Conformational Stability of Peptides: RISM Analyses,” J. Mol. Liq. 90, 195-204 (2001).

Y. OKAMOTO, “Protein Folding Simulations and Structure Predictions,” Comput. Phys. Commun. 142, 55-63 (2001).

B -3) 総説、著書

S. ABE and Y. OKAMOTO, Eds., Lecture Notes in Physics: Nonextensive Statistical Mechanics and Its Applications, Springer- Verlag, pp. 1-277 (2001).

岡本祐幸, 「計算機シミュレーションによるポストゲノム解析」, 特集「ゲノム・生命・コンピュータ:ゲノム情報理学の創成」内, Computer Today 101, 66-73 (2001).

なお,本原稿は以下に再録。

「生命情報科学の拡がり:ヒトゲノム計画後の分子・情報・生命」 別冊・数理科学 pp. 54-59 (2001).

岡本祐幸 , 「生命現象に計算化学がどこまで迫れるか」, 先端ウォッチング調査「21世紀の化学の潮流を探る」内 , 理論化 学・計算化学の挑戦 , 日本化学会 , 65-70 (2001).

木下正弘、岡本祐幸、平田文男, 「水中およびアルコール中におけるペプチドの立体構造解析」, 蛋白質 核酸 酵素 46, 713- 718 (2001).

Y. OKAMOTO, “Monte Carlo Simulated Annealing in Protein Folding,” in Encyclopedia of Optimization Vol. III, C. A. Floudas and P. M. Pardalos, Eds., Kluwer Academic, pp. 425-439 (2001).

U. H. E. HANSMANN and Y. OKAMOTO, “Protein Folding: Generalized-Ensemble Algorithms in Protein Folding,” in Encyclopedia of Optimization Vol. IV, C. A. Floudas and P. M. Pardalos, Eds., Kluwer Academic, pp. 392-401(2001). A. MITSUTAKE, Y. SUGITA and Y. OKAMOTO, “Generalized-Ensemble Algorithms for Molecular Simulations of Biopolymers,” Biopolymers (Pept. Sci. ) 60, 96-123 (2001).

杉田有治、光武亜代理、岡本祐幸, 「拡張アンサンブル法によるタンパク質の折り畳みシミュレーション」, 日本物理学会誌 56, 591-599 (2001).

岡本祐幸, 「ポストゲノム時代の生体分子シミュレーション」, 特集「ゲノムサイエンスの新地平:30億文字の生命設計図を 探る」内 , 数理科学 458, 36-43 (2001).

(13)

B -4) 招待講演

岡本祐幸, 「生体分子系の大規模シミュレーション」, 第 4回シミュレーション・サイエンス・シンポジウム, 土岐 , 2001年 2月. 岡本祐幸, 「バイオ分野での計算科学シミュレーションへの期待」, 次世代型計算科学ソフトウエアに関するシンポジウム「ナ ノサイエンス& テクノロジーにおける新しい計算科学シミュレーションを考える」, 東京 , 2001 年 2 月 .

岡本祐幸, 「計算化学としての生体分子シミュレーション」, 日本化学会春季年会イブニングセッション先端ウォッチング「理 論化学・計算化学の挑戦」, 神戸 , 2001 年 3 月 .

Y. OKAMOTO, “Generalized-Ensemble Simulations of Spin Systems and Protein Systems,” STATPHYS21 Satellite Conference: Challenges in Computational Statistical Physics in the 21st Century, Athens (U.S.A.), July 2001.

岡本祐幸, 「スピン系と生体分子系の拡張アンサンブルシミュレーション」, 慶應義塾大学理工学部セミナー, 横浜, 2001年 10月 .

岡本祐幸, 「タンパク質折り畳みの拡張アンサンブルシミュレーション」, 早稲田大学タンパク質立体構造の理論的研究討論 会 , 東京 , 2001 年 11月 .

杉田有治 , 「レプリカ交換法の拡張と溶液中の蛋白質折れ畳み問題への応用」, J B IR C セミナー, 東京 , 2001 年 11月 . 杉田有治 , 「拡張アンサンブル法の開発と蛋白質折れ畳み問題への応用」, 第 5 回シミュレーション・サイエンス・シンポジ ウム, 土岐 , 2001年 12月 .

Y. SUGITA, “Generalized-Ensemble Algorithms for Protein Folding in Solution,” Asian Joint Workshop for Protein Informatics, Osaka (Japan), December 2001.

B -6) 学会および社会的活動 学協会役員・委員

岡本祐幸 , 日本生物物理学会 会誌編集委員会委員 (2001- ). 学術雑誌編集委員

Journal of Molecular Graphics and Modelling, International Editorial Board (1998-2000). Molecular Simulation, Editorial Board (1999- ).

科学研究費の研究代表者、班長等

日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業「第一原理からのタンパク質の立体構造予測シミュレーション法の開発」, プロジェクトリーダー(1998- ).

B -7) 他大学での講義、客員

京都大学化学研究所 , 「拡張アンサンブル法による分子シミュレーション」, 2001年 2 月 8-9 日 .

C ) 研究活動の課題と展望

昨年開発した新しい拡張アンサンブル法(特に,レプリカ交換マルチカノニカル法とマルチカノニカルレプリカ交換法)を小 ペプチド系の厳密な溶媒を取り入れたシミュレーションに適用していくことによって,広く使われているA MB E R やC HA R MM などの標準的なエネルギー関数(力場)が蛋白質の立体構造予測が可能な程の精度を持つか否かを調べているが,この 判定は後少しで終了するところまで来ている。この判定には,エネルギー極小状態に留まらず,広く構造空間をサンプルす ることができる,拡張アンサンブル法の使用が必須であり,我々の新手法の開発によって,初めて現実的な問題になったと言

(14)

えるであろう。もし,この判定の結果が可ならば,後は計算時間をどんどんつぎ込むことによって,いろいろな蛋白質の立体構 造予測が可能になるであろう。もし,この判定の結果が非ならば,より精度の高いエネルギー関数を独自に開発する必要が 出てくることになる。

(15)

分子基礎理論第二研究部門

中 村 宏 樹(教授)

A -1)専門領域:化学物理理論、化学反応動力学論

A -2)研究課題:

a) 化学反応の量子動力学

b)非断熱遷移の基礎理論の構築と応用 c) 化学動力学の制御

d)分子スイッチ機構の提唱 e) 超励起分子の特性と動力学 f) 多次元トンネルの理論

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 化学反応の量子動力学:我々独自の理論的手法を用いて,実際の化学現象にとって重要な電子状態の変化するいわ ゆる電子的非断熱反応の量子動力学機構解明の研究を始めた。手法としては,超球楕円座標とR -行列伝播法を用い ている。今までに行ってきた電子的に断熱な反応の研究に用いていた手法やプログラムを拡張・改善している。後述 するが,将来,大きな反応系にも適用出来る様に半古典力学的な理論の開発をも進めているが,量子力学的厳密計算 はその有効性を調べる為の基準とすることをも目的としている。そこで,先ず,D H2

+

系の研究から始めた。(全角運J 動量)がゼロの場合の計算を既に終え,一般の場合への拡張を進めている。ポテンシャルエネルギー曲面は2枚が関 与しており,基底状態には深い井戸が存在する。この井戸の為に断熱的な反応はほぼ統計的に進行するが,非断熱反 応は統計性から大きくずれ非断熱遷移の動力学への影響が顕著に現れる。現在,O(1D )HC l 系の研究も始めている。 熱反応速度定数などを評価する時には,反応物や生成物の内部状態には頓着せずに反応が起こったかどうかを表す 全反応確率(初期及び終内部状態に関する和をとったもの)が重要な物理量になる。この場合には,散乱行列からで はなく直接これを評価する理論が重要になる。我々は,Millerらの理論に存在する不定性などの問題を含まない確実 な理論を構築した。さらに,グリーン関数の安定した新しい評価法や R - 行列伝播の新しい方法などをも開発して, 計算の効率を上げる努力をしている。

b)Z hu-Nakamura理論に基づく半古典動力学理論の開発:電子状態変化を伴う大きな化学あるいは生物系の動力学はま ともに量子力学的に扱うことは出来ない。そこで,有効な半古典力学的な理論を開発する必要がある。ポテンシャル エネルギー曲面上の動力学を古典軌道で記述し,非断熱遷移を Z hu-Nakamura理論で扱う方法が最も有効であると 考えられる。最も簡単な手法は,いわゆる T S H( T rajectory S urface Hopping)法に我々の理論を組み込むものである。 3次元のDH2

+

系でこの計算を行い,我々の理論が大変よく働くことを証明した。L andau-Z ener公式を用いたのでは, 驚くべきことに,初期の振動状態が高い時や全エネルギーが大きい時でも,正しい結果を再現出来ないことが分かっ た。つまり,3次元以上の現実的な高次元系では,L andau-Z ener公式では扱うことの出来ない古典的に許されない遷 移が極めて重要な役割を演じることが分かった。しかも,Z hu-Nakamura理論を使うことによってこれが見事に解決 される。ただし,以上の取り扱いでは位相の効果が無視されている。これをさらに改良するには,IV R( Initial V alue

(16)

R epresentation)-半古典理論に位相をも含めたZ hu-Nakamura理論を組み込めば良い。また,化学動力学で広く現れる 円錐交差型の問題にも理論の適用を進めて行くことが必要である。これによって,大きな化学・生物系の取り扱いも 可能になると考えている。

c) 分子過程制御の理論:我々は,いわゆる光の衣を着た状態の間の非断熱遷移がレーザーによる分子過程制御にとっ て極めて基本的で重要であるという観点から,新しい理論を提唱してきた(T eranishi-Nakamura理論)。しかし,この 理論で要求されるレーザーパラメーターの周期的掃引が実験的に実現しにくいことから,我々は新たに,線形チャー プパルス列によって等価なことが出来ることを示し定式化をも行った。この理論に基づく色々な過程の研究を,実 験家との協力をも目指して進めている。近接準位内の特定準位を選択的に効率良く励起する方法や,分子の電子励 起状態を高効率で励起する方法などの研究を行った。将来は,多次元系への応用をも視野に入れた研究を行う。また, 非断熱トンネル型遷移における完全反射現象を利用した制御の研究も進めている。

d)多次元トンネルの理論:最も典型的な量子効果であるトンネル現象の多次元理論は依然として完全ではない。我々 は最近,インスタントン理論に基づいて任意の多次元二重井戸系において容易にエネルギー分裂を計算することの 出来る手法を開発した。それは,周期軌道を効率良く見出す方法とそのまわりの量子効果を取り入れる手法とから なっている。3次元のHO2分子と21次元のマロンアルデヒド分子のプロトン移動に適用しその威力を示した。現在, 量子化学者との協力により,マロンアルデヒドの正確なポテンシャルを用いた計算を実行している。さらに,理論を トンネルによる崩壊過程へと拡張する予定である。

e) 非断熱遷移基礎理論の拡充:具体的過程にとって最も重要なポテンシャル交差による非断熱遷移に対しては,既に 述べた通り,完全解としてのZ hu-Nakamura理論を完成しているが,その他の型の遷移に対する解析的理論の構築を も目指している。最近の成果は,漸近領域で縮重しているポテンシャルの間の遷移に対する理論である。

B -1) 学術論文

G. MIL’NIKOV, H. NAKAMURA and J. HORACEK, “Stable and Efficient Evaluation of Green’s Function in Scattering,” Comp. Phys. Commun. 135, 278 (2001).

O. I. TOLSTIKHIN, V. N. OSTROVSKY and H. NAKAMURA, “Cumulative reaction Probability and Reaction Eigenprobabilities from Time-Independent Quantum Scattering Theory,” Phys. Rev. A 63, 0402707 (2001).

V. I. OSHEROV and H. NAKAMURA, “Nonadiabatic dynamics: Transitions between asymptotically degenerate states,” Phys. Rev. A 63, 052710 (2001).

C. ZHU, K. NOBUSADA and H. NAKAMURA, “New Implementation of the Trajectory Surface Hopping Method with Use of the Zhu-Nakamura Theory,” J. Chem. Phys. 115, 3031 (2001).

G. V. MIL’NIKOV and H. NAKAMURA, “Practical Implementation of the Instanton Theory for the Ground State Tunneling Splitting,” J. Chem. Phys. 115, 6881 (2001).

G. V. MIL’NIKOV and H. NAKAMURA, “Use of Diabatic Basis in the Adiabatic by Sector R-Matrix Propagation Method in Time-Independent Reactive Scattering Calculations,” Comp. Phys. Commun. 140, 381 (2001).

B -3) 総説、著書

C. ZHU, Y. TERANISHI and H. NAKAMURA, “Nonadiabatic Transitions due to Curve Crossings: Complete Solutions of the Landau-Zener-Stueckelberg Curve Crossing Problems and Their Applications,” Adv. Chem. Phys. 117, 127-233 (2001).

(17)

Y. TERANISHI, K. NAGAYA and H. NAKAMURA, “New Way of Controlling Molecular Processes by Lasers,” in Quantum Control of Molecular Reaction Dynamics, R. J. Gordon and Y. Fujimura, Eds., World Scientific, pp. 215-227 (2001).

B -4) 招待講演

H. NAKAMURA, “Quantum and Semiclassical Dynamics of Electronically Nonadiabatic Chemical Reactions,” Workshop on Quantum Raction Dynamics, Pasadena (U. S. A. ), January 2001.

H. NAKAMURA, “Analytical Treatment of the K-Matrix Integral Equation,” American Chemical Society Symposium, Chicago (U. S. A. ), August 2001.

中村宏樹 , 「化学反応動力学―その根本性と発展性」, 立体反応ダイナミックス研究会 , 2001 年 5 月 . 中村宏樹 , 「反応動力学理論の現状―反応速度との関わりにおいて」, 新化学発展協会 , 2001年 8 月 .

B -5) 受賞

中村宏樹 , 中日文化賞(2000).

B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員

原子衝突研究協会委員(1981-1994). 学会の組織委員

IC PE A C(原子衝突物理学国際会議)第 9回組織委経理担当(1979). IC PE A C(第 17回及第 18回)全体会議委員(1991, 1993).

IC PE A C(第 21回)準備委員会委員 , 運営委員会委員 . AISAMP (Advisory Committee) (1997- ).

Pacifichem 2000 (Symposium organizer) (2000).

文部科学省、学術振興会等の役割等 学術審議会専門委員(1991-1995, 1998- ). 学術雑誌編集委員

Computer Physics Communication, Specialist editor (1986- ).

Journal of Theoretical and Computational Chemistry, Executive Editor (2001- ).

科学研究費の研究代表者等 重点領域研究班長(1992-1995). 特定領域研究計画班代表者(1999- ). 基盤研究代表者(1998- ).

B -7) 他大学での講義、客員

ウォルター大学応用数学科 , 客員教授 , 1994年 7 月 -. 名古屋大学大学院理学系 , 2001年 7 月 .

(18)

谷 村 吉 隆(助教授)

A -1)専門領域:化学物理理論、非平衡統計力学

A -2)研究課題:

a) 多次元分光法による溶液分子の振動モード解析の研究

b)熱浴の非線形相互作用が光学過程や電子移動反応過程に及ぼす影響の研究 c) フラストレーションのある溶媒系での電子移動反応と分子分光

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 溶液の分子間振動を対象とした2次元ラマン,溶液内分子の分子内振動を対象とした2次元赤外の2種類2次元分 光法が近年確立し,2次元分光のスペクトル解析理論の必要性がますます高まってきた。2次元分光の発展は,MD や分子液体論の理論的研究も喚起し始めている。2次元分光法は系の微細な違いを鋭敏に捕らえる分光技術である が,理論の構築は困難であり未知な問題も多い。我々はこれまで系の不均一性,非調和性,モード結合等,構造的なも のを中心に研究を行ってきたが,本年度は波束の運動等,動力学的性質を2次元分光で観測する事を中心に研究を 行った。具体的には化学結合の切断や,光励起により非平衡状態となった波束の緩和の観測や,トンネル化学反応系, 回転運動系の研究を行った。

b)化学反応や電子移動反応等の解析には,通常,熱浴と系の相互作用が線形に結合したブラウン運動モデルがよく用 いられる。しかし熱浴と系の相互作用は一般には非線形であり,この寄与が電子移動反応率や,分光スペクトル等に どう影響するかは,重要な問題であるのに研究例が少ない。本研究では,熱浴の非線形相互作用を,有色なノイズに 対して取り扱える新しいタイプの量子フォッカー・プランク方程式を導出し,それを用いて電子移動反応や赤外吸 収スペクトルに及ぼす非線形相互作用の影響を調べた。分光学的な分類では,通常の線形結合はエネルギー緩和,非 線形結合は位相緩和に対応しており,非線形相互作用モデルはノイズ揺動が遅い場合に不均一広がりの描像を持つ。 このような場合について,電子移動反応率におけるマーカス・パラボラからのずれ等,興味深い多くの現象が見い出 された。

c) 極性溶媒中の分極分子のようなフラストレートのある系のエネルギー・ランドスケープを,モンテカルロ・シミュ レーションを行う事により研究した。モデルとしては荷電粒子と,それを取り囲む配向が内側と外側の2つしかと らない溶媒分子(スピン)を考えた。温度により周りの溶媒分子がどのように相転移するかを,エネルギー分布等を 通して調べ,オンサガーによって予想された逆スノー・ボールと呼ばれる現象が,溶媒と荷電粒子の相互作用が小さ い場合のみ起こる等,いくつかの新しい知見を得た。平衡的なエネルギー・ランドスケープに加え,動的な振る舞に ついても考察した。

B -1) 学術論文

K. OKUMURA, D. M. JONAS and Y. TANIMURA, “Structural information from two-dimensional fifth-order Raman spectroscopy,” Chem. Phys. Lett. 266, 237 (2001).

T. KATO and Y. TANIMURA, “Multi-dimensional vibrational spectroscopy measured from different phase-matching conditions,” Chem. Phys. Lett. 341, 329 (2001).

(19)

Y. SUZUKI and Y. TANIMURA, “Biorthogonal approach for explicitly correlated calculations using the transcorrelated Hamiltonian,” J. Phys. Soc. Jpn. 70, 1167 (2001).

O. HINO, Y. TANIMURA and S. TEN-NO, “Nonequilibrium initial conditions of a Brownian oscillator system observed by two-dimensional spectroscopy,” J. Chem. Phys. 115, 7865 (2001).

Y. SUZUKI and Y. TANIMURA, “Nonequilibrium initial conditions of a Brownian oscillator system observed by two- dimensional spectroscopy,” J. Chem. Phys. 115, 2267 (2001).

B -3) 総説、著書

谷村吉隆 , 「多時間相関関数と2次元分光」, 物性研究 77, 25-76 (2001).

B -4) 招待講演

Y. TANIMURA, “Two-dimensional spectroscopy for various systems, initial conditions and phase-matching conditions,” International Conference on “Reaction Dynamics of Manybody Chemical Systems,” 京都, 2001 年2月.

Y. TANIMURA, “Dynamics of molecules in condensed phases: possible probe by 2D spectroscopy,” Physics seminar, TRVS, 岡崎 , 2001年5月.

B -6) 学会および社会的活動

文部科学省、学術振興会等の役員等

通産省工業技術院研究人材マネージメント研究会諮問委員(1999). 学会誌編集委員

Association of Asia Pacific Physical Bulletin, 編集委員(1994-2000). Journal of Physical Society of Japan, 編集委員(1998- ).

B -7) 他大学での講義、客員

ベルリン自由大学 , “Dynamics of molecules in condensed phases: possible probe by 2D spectroscopy,” 2001年3月2日. グロニンゲン大学 , “Path integral for good children,” 2001年3月5日.

マサチュセッツ工科大学 ,“Dynamics of molecules in condensed phases: possible probe by 2D spectroscopy,” 2001年3月9 日 .

ホロン大学 ,“Fokker-Planck approach to nonlinear spectroscopy,” 2001年6月6日.

トロント大学 ,“Dynamics of molecules in condensed phases: possible probe by 2D spectroscopy,” 2001年6月13日. 名古屋大学人間情報学部 , 「散逸系の経路積分」, 2001年 7 月 3-6日 .

ロチェスター大学 ,“Dynamics of molecules in condensed phases: possible probe by 2D spectroscopy,” 2001年12月3日. マサチュセッツ工科大学 ,“T wo-dimensional spectroscopy of two-dimensional rotator in a dissipative enviroment,” 2001年 12月 7 日 .

ホロン大学 , 客員教授 , 2001年 6 月 .

京都大学大学院理学研究科化学科 , 併任助教授 ,1998年 4 月 -.

(20)

C ) 研究活動の課題と展望

分子系の面白さは,その複雑性にあるといえよう。統計力学的のテーマとしてよく研究されるフラストレーション系は,複雑性 の示す新奇な現象のよい例である。水やガラスはフラストレーションを持つ代表的な系であるが,これまでの研究は古典的 なものが多い。フラストレーションを持つ系が量子的にどのように振舞うかを調べる事は,量子力学の本質に迫る興味深い問 題と思われる。予想であるが,フラストレーションの大きな系では,量子位相がこわれ,振る舞いが古典的になるのではなか ろうか。量子から古典への変化を,単純性から複雑性の指標として捕らえる事は出来ないであろうか? もしそのような傾向 があるとするなら,これを実験的に特徴づける事は出来ないだろうか? 今年はそういう研究を手がけようと思っている。

(21)

分子基礎理論第四研究部門

平 田 文 男(教授)

A -1)専門領域:理論化学、溶液化学

A -2)研究課題:

a) 溶液内分子の電子状態に対する溶媒効果と化学反応の理論 b)溶液中の集団的密度揺らぎと非平衡化学過程

c) 生体高分子の溶媒和構造の安定性に関する研究 d)電極の原子配列を考慮した電極−溶液界面の統計力学 e) 多孔質物質−溶液界面の構造と物性

A -3)研究活動の概略と主な成果

a) 溶液内分子の電子状態に対する溶媒効果と化学反応の理論:溶液中に存在する分子の電子状態は溶媒からの反作用 場を受けて気相中とは大きく異なり,従って,分子の反応性も違ってくる。われわれは以前にこの反作用場を液体の 積分方程式理論によって決定する方法(R IS M- S C F 法)を提案している。この理論を使って2001年度に行った研究 の主な成果を以下にまとめる。

(i)蓋然的溶媒和構造の構築:「溶媒和構造」は無限の自由度を持つ空間内で定義されるが,多次元空間内の分布構造は 一般に非常に複雑であり,溶媒和の化学的理解に結びつかない。そこで通常は,分子シミュレーションで得られるスナップ ショットを通して「化学的に納得」するか,特定の少数自由度の関数へ射影した分布を基に構造を推定する。しかし前者は その選択に任意性があり,一方で後者は必ずしも化学的直感には結びつかない。我々がこれまで用いているR ISMやR ISM- SC F 法でも,溶媒和構造は一次元動径上の分布関数の組として表現されており,化学的理解が容易であるとは言い難かっ た。そこで,R IS Mなどの計算で得られた動径分布関数の組のピークに関する情報を総合することで,溶媒和として実現す る確率の高い,いわば「もっともらしい」構造を再構築する手法を提案した。同法を用いることで,溶媒和構造をクラスター様 構造として表現することが可能となり,R ISMの計算結果を,簡便にかつ自動的に,化学的直感に照らして解析することが可 能になった。[Bull. Chem. Soc. Jpn. 74, 1831 (2001) に既報]

(ii)溶液中分子の NMR 化学シフトの非経験的予測理論の開発:NMR(核磁気共鳴法)は,分子の微視的状態に鋭敏な測 定法であるために,生体内分子を含む数多くの分子系で用いられている極めて一般的な実験手法である。その重要性ゆえ にスペクトルの理論的解析・予測方法の開発は,前世紀前半からの研究課題であり,特に非経験的理論は実際の予測の上 で欠くことができないものとして永くその確立が待ち望まれていた。近年の分子軌道法の確立によって,孤立状態にある分 子のNMR 化学シフトの非経験的予測は可能となっていたが,実際の多くの実験で測定対象となっている分子は溶液内に ある。上に述べたようにNMRは微視的状態に敏感であり,溶媒効果を無視した理論だけでは不十分であることは明らかで あった。我々はR ISM-SC F /MC SC F 法の変分的性質を利用して,溶液内分子のNMR 化学シフトを計算する新理論の開発に 成功した。同法を用いて,様々な溶媒中の水分子の化学シフトについて計算した結果,溶媒の種類による溶媒和効果の強 弱や温度依存性について,実験結果と良好な一致が得られた。また,それぞれの溶媒中における分子レベルの溶媒和構造

参照

Outline

KISHINE, “Signature of the Staggered Flux State around a Superconducting Vortex,” Workshop on Defects in Correlated Electron Systems, Dresden (Germany), July 2001 NISHI, “Microscopic Phase Separation of Solutes in Hydrogen Bonding Solutions and Photochemical Synthesis of Organometallic Magnetic Compounds,” Indo-Japan information Exchange Seminar, Bangarole (India), January 2001 SUZUKI, “Femtosecond photoelectron imaging on ultrafast molecular dynamics,” XIX International Symposium on Molecular Beams, Rome (Italy), June 2001 NMR ス ピン格子緩和率測定から複合スピン系における寄与の分離を行った。 その結果, T C NQ分子上の局在スピンの実効 KOBAYASHI, “Superconductivity and Magnetism of BETS Conductors,” The 7th China-Japan Joint Symposium on Conduction and Photoconduction in Organic Solids and Related Phenomena, Guangzhou (China), November 2001 TADA, “Evaluation of Carrier Mobility of Organic Semiconductors Using Field Effect Transistors,” Korea-Japan Joint Forum 2001, Seoul (Korea), September 2001 MITSUKE, “VUV photofragments probed by fluorescence and electron spectroscopy,” Gordon Research Conference, SHIGEMASA, “Anisotropy in molecular inner-shell photoexcitation, photoionization and subsequent decay processes,” WATANABE, “Introduction of Enzymatic Functions into Myoglobin: Molecular Design of Heme Enzyme,” The 10th International Conference on Bioinorganic Chemistry, Florence (Italy), August 2001 KITAGAWA, “Resonance Raman Characterization of a Model Compound of Tyrosine-244 of Bovine Cytochrome c Oxidase,”

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